とと姉ちゃんはテンポが早くて面白いよね!

毎朝、母と連ドラ「とと姉ちゃん」を観ています。
先週回は終戦を迎え、これから自分がやりたい仕事、雑誌の創りに入って行きますが。
テンポが良くて観ていても面白いですね。
髙畑光希さん、ととねえを上手く演じています。

先週回は終戦を迎えました。
ちょっとその事を書いてみたいと思います。
太平洋戦争の事です。
私の祖母は母方はまだ元気な84歳。父方は私が中学生の頃に他界しました。86歳だったと記憶しています。
2人の祖母から聞いた話をとと姉ちゃんを観ていて思い出しました。

母方のおばあちゃんは終戦時は13歳だったと言います。
東京の押上に住んでいましたが(スカイツリーのある所です)
戦争が激しさを増した頃、埼玉県の蕨市に疎開してきて、終戦も蕨で迎えたそうです。
押上にいたら命はなかったと言っていました。
機銃掃射が逃げ惑う人を狙い撃ちした話や食べ物がなくて、歳上のお姉さん2人が
農家に物々交換に行った話も耳にタコが出来る位聞きました。
とと姉ちゃんでも常子と鞠子が物々交換へ行くシーンがありましたよね。

もうひとりのおばあちゃんはもっと悲惨な体験をしています。
父方の祖母は38歳位の時に父を産みました。
父は団塊の世代、戦後っ子です。
父は東京大空襲で亡くなったお姉さんの代わりに祖父母が想いを込めて産んだ子だそうです。
空襲で亡くなったのは女の子ですが・・
父方のおばあちゃんは浅草にいました。東京大空襲の時に。
祖父は兵役で中国の方に行っていたらしいです。
火の海の中、隅田川にやっと辿り着き、父の直ぐ上の姉、伯母さんを背負い、
もうひとりのお姉さん(その頃7,8歳だったのではないでしょうか。)の手を引き、
隅田川の堤防の上にちょっと乗せて「ふと振り返ったらいなかった・・」
隅田川に落ちでしまったのです。
この話は母から聞いたのですが、何とも哀しい話です。
泪が溢れて止まりませんでした。

とと姉ちゃんは大好きでとっても面白いです。
でも戦争の話の時だけはやっぱり哀しかったですね。

私の母も戦後大分経って産まれているので、戦争を知らない世代です。
でも、二度と過ちを繰り返さないためにも、
例えドラマの中であっても戦争を知らない世代はそれを、戦争は悲惨なものなのだということを
感じ取らなくてはいけないな。。
と私は思いました。